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直近の話 2017/4/23

西遊記もいよいよ佳境で色んなことが明らかになってくる、頭を縛る金のタガは旅中の孫悟空に不可欠なアイテムであったということや、西遊記そのものが構造として緻密に書かれており第55回を挟んで同じモチーフの話がシンメトリーで配置されていること。そういう色んなことだ。シンメトリーが明らかになったおかげで、すでに読んだ話が、デジャブのように繰り返されていく。これは最初のほうであったな、などの感想を抱けば、物語の終盤が近づいてきていることを意識させられる作りになっていて、要するにカウントダウンのような盛り上がりを感じさせてくれる。残り2巻。

桜の季節もそろそろ終わりで、花が散って、実が散って、足元に散ったそれらを見ていると秋の落葉とどっちが掃除が大変なのかしらん、と思う。風に散る散る、風に散る。掃除人のみぞ知る。最近また写真をあまり撮っていない。めんどくさくなった。桜だって、今の季節にしか、と思えば撮らないといけない。なんだか忙しい気持ちで見に行って、花を愛でてるんだか、写真撮ってるんだか、季節を急いで感じてるんだか、よくわからん。本末転倒、ということで止めた。小さなカメラを持ち歩いているけど、これからは食べ物とかの写真撮ろうかな。俺も女子力あげてこうかしら。恋せよ乙女。サクラさ~ん。

割合、忙しく書類を書いている。これがなかなか進まない。どうにかならんもんか。書類は、将来というより、1年または2年先の研究を充実させるようなための書類だ。去年は運よく3つ出した書類のうち2つが当たったので、今年は自分の研究に自由に使える予算が少しあるし、年末にはプロジェクトに参加することもできる。どちらも本当にありがたい話だ。でも1番当たってほしいのは落ちてしまった。なので生活はこれから1年、確実に全然良くならない。貧乏は続く。将来が不安で寝れないことがある。一生そういう気がしてきた。ハゲて来たかと思ってつむじをスマホで撮ったら、ただの寝ぐせだった。恐ろしい話だ。

先日、近くの鎌倉に行って、寺に行って、プラプラしていたら和尚さんがなにやら説教していたので少し聞いた。長く生き、今不自由なく生きてる喜びを感ぜよ、観自在、みたいな話。結局、持ってる人らが失う不安を解消するような内容で、フーンって、そーいう感じ。今、そういえばアメリカでハゲのことをbaldと呼ぶのは失礼、「頭髪に不自由な人」と表現しましょう、という話を聞いたことがある。頭髪からすれば、持ってる人であり、失う不安は確かにあるな、という理解の気持ちも湧いた。でも、貧乏な上にハゲたらシャレにならん。

西遊記の中で、孫悟空が苦労しすぎて頭がおかしくなる話あがる。大鵬(巨大な鳥)の妖怪のせいであまりにひどい状況に陥って、如来のところへ愚痴を言いに行く。そんなにありがたいお経だったら、我々に苦労して取りに来させずに、あなたが唐へ降臨して直々に伝えたほうがよっぽどありがたいと人々に思われるし、結果的には子々孫々に伝わるに決まっている!と抗議をする。もっとも過ぎて笑えるんだけどこの後さらに、「しょうがないにゃあ・・」って悟空の手伝いに地上に降臨した如来も、頭を敵に爪で掴まれて血だらけになるので、もっかい笑える。

最近、T2(スパッドとベグビーの良さ)、レゴバットマン(皆で帰ってきた時のただいま!の良さ)、夜は短し歩けよ乙女を見た。ゴリランドことキングコングは、ブルク13に行ったら満員だったのでまだ見てない(攻殻機動隊のメスゴリラを指す訳ではない)。夜は短し歩けよ乙女についてだけ少し多く書く。良い映画だった。俺の青春だよ、っていうのはH2の第1話のタイトルなんだけど、人生の比較的密度の大きな時間を過ごした京都。見て、いろんなことを思い出し、また見ていた。終盤、李白さんの家でゴンドラの歌が流れたシーンのあと、そのまま暗転、乙女はいきなり先輩の家にいてほしかった。一番印象的だったのは、最後に出てくる背景。そこに在るべきレブン書房は無く、在ったのは王将だった。京都は遠くなりにけり。全く個人的な体験として、しみじみとして笑った。

なんにせよ、過ごしやすい良い季節だ。

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